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コラム
春日野部屋の一年
 「この仕事に携わっていると月日が経つのが早いよ」
相撲界でよく聞くセリフです。はい、確かに早いです。少し人生を損してないかなと感じるくらい早いです。単純な忙しさで言うと、一般社会人の方々のほうが時勢的なものもありますので上かもしれませんが、相撲社会最大の特徴である生活拠点の移動の多さと、本場所という句読点が二ヶ月に一回やってくることを併せて考えると、早く感じるのも当然でしょう。そこで今回のコラムは春日野部屋2004を振り返りながら、その駆け足ぶりを感じていただこうかなと思います。また稽古見学etc等の問い合わせなどの参考資料として頭の中に留めておいて頂けると有り難いです。だいたい同じような流れでスケジュールは決まっていきますので。また、ただ振り返るだけでは手帳の丸写しなので、少々のトピックを織り交ぜつつお送りします。

【1月】
 1日に元旦式。師匠とおかみさん以下、春日野部屋総出で新年の宴です。酒や料理を堪能した後は初代と二代目の墓参りです。3日には稽古始めで、11日初日の本場所に向けて正月気分はほんの一時で終わりました。25日に千秋楽。
 〔トピック〕初場所は棟方が三段目優勝。打ち上げ会場で配っている本場所便りには「優勝できたことはもちろん、二年以上離れていた幕下に戻れることが嬉しいです。この結果に満足せずに来場所も頑張ります」とコメント
【2月】
 1日に恒例の春日野部屋栃木後援会の大新年会。師匠と栃木後援会生みの親の床邦さん、そして幕下以上の力士が参加しました。400人以上の出席者の熱気は凄かったです。その月の7日大安に栃ノ国と
大坂が同日入門、一年前が嘘のように二人共逞しくなりました。29日には大阪乗り込み。この月は巡業がないため花相撲であるトーナメント・福祉大相撲と検診や献血などが入ります。
 〔トピック〕2003の新年会に出席して入門の意志を固め、2004年の新年会は大大壮行会になった栃ノ国。あまりに熱い声援にご両親が恐縮しきりだったのが印象的です。今年も最高位更新を決めての凱旋参加。立派な髷を乗せて、前年とは見違えるほどシャープになった栃ノ国に会場全体が感心しきりでした。
【3月】
 14日〜28日まで本場所。交野市星田の星田会館に宿舎を移動しての大阪場所でした。大阪の中では田舎(失礼!!)の方ということもあり、普段生で触れ合うことのないお相撲さんに対して興味津々という地元の皆さんでした。
 〔トピック〕今年もそうなのですが、とにかく幟が多いのです!!駅前から宿舎まで春日野部屋ロードと言っても過言でないくらい幟が並びます。お手伝いの皆さんと共にほぼ一日掛かりでの幟立て作業でした。今年の先発作業係の秋岡や栃太河、大坂あたりは覚悟を決めて頑張ってもらいます。
【4月】
 3日に大阪より帰京。19日から21日までの土俵補修作業までびっちり稽古がありました。昔と巡業形態が異なり、今は巡業の無い時期の方が内容の濃い稽古が積めます。26日番付発表
 〔トピック〕24日に栃栄関が結婚披露宴。東京會舘にて大勢の出席者を前に永遠の愛と今後の奮闘を誓いました。無事に長男も生まれ、稽古もほとんど休まないほど体調も上向きでした。それだけに初場所の休場は残念でしたが、復活に向けて調整は順調です
【5月】 
 9日〜23日まで五月場所。ゴールデンウイークを横目にお相撲さんは五月場所に向けての稽古の日々でした。職業柄、正月やお盆など暦とはあまり縁の無いお相撲さんたちです。かえって店関係が思わぬ連休で休んでいたり大型連休は相撲部屋にとって不便な時期でもあります。
 〔トピック〕五月場所は打ち上げに行かずに引きこもりたかった程の不振でした。場所便りにも苦肉の策で、これでもかというほど大きく新弟子紹介を載せました。それによると木村山は体重154キロ。最近体重が戻ってきたと言っても140キロくらいですから、いかに絞れたかが分かりますね。
【6月】
 20日に名古屋入り。梅雨です。しかも6月ぐらいの気温ではお相撲さん達、いえ親方衆や世話人、若者頭の大部分にとっても、もう真夏だという暑さです。6月前半は東京で腰を据えての稽古になりますが、洗濯物関係で苦労する時期でもありますので若い衆には頭の痛い時期です
 〔トピック〕名古屋場所の先発係に必ず任命されるのが秋岡。宿舎のある春日井市は彼の出身地なのです。一通りの仕事を終えると、一日だけ自由時間が与えられます。家族や友人との再会で場所前の英気を養うのが恒例です。
【7月】
 名古屋場所は4日〜18日。暑い名古屋では師匠も挨拶回りなど一苦労です。相撲部屋は後援者との触れ合いが命ですから、お世話になっている方への礼はかかせません。師匠を筆頭にお相撲さんも部屋スタッフも汗をかきかき良く頑張った春日野部屋の名古屋場所でした。
 〔トピック〕
 名古屋で7年振りの勝ち越しを決めたのは栃乃洋関。「言われてはじめて気が付きました。名古屋の皆さんお待たせしました」と照れながらコメント。4連勝1回、5連勝1回と次の九月場所のあの活躍を予感させるのに十分な成績でした
【8月】
 考えると鬱になるくらいスケジュールが詰まる月です。 2004は小学生に対する相撲部屋体験「部屋開放」をからスタートして夏巡業、加仁湯合宿、入間合宿と続き、間髪いれず30日には番付発表です。合宿地の後援会には今年もお世話になる予定です。昨年のように晴天続きになることを願います。
 〔トピック〕山の天気は変わりやすいという格言が、いつも悪い方に的中する加仁湯合宿ですが、2004は天候に恵まれたようです。「今年はガッチリ稽古できたよ」と満足げに語る若者頭の栃乃藤さんの笑顔が印象的です。続く入間でも良い稽古が出来て、春日野部屋力士にとっては充実した夏になりました。
【9月】
 初日の12日までは出羽海部屋との連合稽古。思わぬ他の部屋の関取衆の参戦で、見る側にとっても楽しみな日があります。26日が千秋楽。東京場所はお相撲さんもまわりのスタッフもバタバタすることなく本場所に集中できる傾向があります。それが幸いしたのかこの場所の栃乃洋関は優勝に争いに絡む大活躍。
 〔トピック〕春日錦関が結婚披露宴。本場所一週間前でした。披露宴後の場所ということもあり、周囲に言われるまでも泣く勝ち越したかったことでしょうが、何しろ状態が悪すぎ残念ながら負け越し。しかし復調急の現在は、披露宴前後に心配を掛けた夫人や後援者のために稽古に精進の毎日です。
【10月】
 
まばらな(寂しいですね)秋巡業の合間をぬって、栃木県元気あっぷ村での秋季合宿。お相撲さんとお風呂を共に出来るという珍しい合宿。恵まれた環境で充実した稽古と、十分な休養が取れました。31日に巡業地岡山から直接博多入り、翌日には番付発表という過密日程でした。
 〔トピック〕部屋の酒のみの間では(ビールが美味い)と評判の元気あっぷ村合宿です。美味いと評判のキリンビール栃木工場が近くにあり、栃乃花や某マネージャーは工場見学を楽しみにしています。もちろん宿舎では支配人より毎日ビールがピッチャーで振舞われるというスタッフにも優しい合宿です。
【11月】
 1日番付発表。九州には後援会組織が三つありますので師匠と関取衆は自然と場所前のスケジュールが過密になります。行く前は(忙しいな)と思っていても、そこは慣れ親しんだ顔が並ぶ席です。一年振りの懐かしさから話も弾みます。14日〜28日までが九州場所。
〔トピック〕
 引退した栃大友はじめ、お相撲さんが好むのが福岡のホルモンです。脂を掃除しない為に、肉にたっぷりと脂身が付いていて、お相撲さん好みです。ホルモンや丸長(これまた凄い脂)大会と称して栃大友を筆頭に焼肉屋へ突入、「○万円食ってやりました」と自慢げに語っていたのを思い出します。肝心の本場所は栃乃洋関こそ振るいませんでしたが、あとはまずまずの成績。
【12月】
 5日に帰京。21日に春日野部屋神奈川後援会主催のチャリティー忘年会。こちらも栃木の新年会同様にマンモスでした。確か700人くらいだったと思います。23日に番付発表。その他では餅つきの依頼が何件もありました。餅つきが本業ではないので、よほど長いお付き合いの方からの依頼しか基本的には受けないのですが、それでも相当な数でした。ちなみに春日野部屋のつき手トップ3を挙げると春日錦関、棟方、中谷といったあたりでしょうか?
 〔トピック〕栃木後援会が栃ノ国大プッシュならば、神奈川後援会は大坂でしょう。神奈川後援会会長が壇上での挨拶中に、他の若い衆を差し置いて彼を紹介した時には、恥ずかしさと緊張のまざった何とも言えない表情をしていました。ご当所というのは温かくていいですね。今年は勝ち越して参加したいところです。

 1年は早いのに、1年を振り返るのは長く感じますね(苦笑) 同じようなスケジュールで2005も進んでいくと思いますので、合宿や行事等気になった時はまずこのページをご覧になってみてください。大体の見当はつくと思います。
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