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春日野部屋の歴史

両国国技館のある東京都墨田区両国に部屋を構える春日野部屋は、大正時代に「はず押し」一本の押し相撲に徹して、幕内取組数201のうち167勝を誇る大横綱・栃木山が起こしました。

栃木山は引退後、春日野の名前で大日本相撲選士権に出場して、現役力士を退けて見事優勝した事でも知られています。

【写真】栃木山
栃木山
 

偉大な初代春日野親方の跡を継いだのが「栃若時代」で知られる横綱・栃錦でした。その相撲は師匠ゆずりの強い押しに加え、鋭い立ち合いからの突っ込み、切れ味のある出し投げ、二枚蹴り、引き落としと技の連続は相手に応戦のいとまを与えませんでした。

また引退後に検査役、理事を歴任した後、理事長に選出。「土俵の充実」を目標に掲げ、相撲協会に多くの功績を残しました。

【写真】栃錦
栃錦
 

「栃若時代」が土俵の中心になりつつある頃入門してきたのが、小兵ながら「ジョッパリ」の負けじ魂で知られた名人横綱・栃ノ海、三代目春日野親方です。初優勝した昭和37年5月場所では身長177cm、体重105kgという体格でした。

春日野部屋継承後も、巡業部長の要職を6年間務めました。

【写真】栃ノ海 【写真】栃ノ海
栃ノ海
 

そして三代目の春日野親方が今年平成十五年三月に定年を迎え、新たに春日野を襲名したのが元関脇の栃乃和歌です。学生時代に数々の実績を残した後に春日野部屋に入門して、順調な出世を果たしました。大関を狙う場所前に怪我をする不運もありましたが、安定した実力で76場所もの間、幕内で活躍しました。

大正十四年五月、初代春日野親方が五名の弟子でスタートさせた春日野部屋には、二人の横綱をはじめ多くの関取衆を輩出し続けてきました。現在は新しく部屋を継承した四代目春日野親方の下、伝統ある春日野部屋の繁栄を持続させるべく、部屋一丸となって相撲道に万邁進する毎日です。

【写真】栃ノ海
栃乃和歌
 
大正14年 5月 春日野守也(27代横綱・栃木山)が春日野部屋創立。
昭和34年10月

先代春日野の死去により、春日野清隆(44代横綱・栃錦)が現役名のまま春日野襲名を承認される。後の昭和35年5月に現役引退、年寄専務となる。

平成 2年 1月

先代春日野の死去により、春日野晃将(49代横綱・栃ノ海)が部屋を継承。

平成15年 1月

先代春日野の定年により、春日野清隆(関脇・栃乃和歌)が部屋を継承。

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