「考えながら相撲は取れない」
常に予想外で、見る者をはっとさせる人柄。
それは木村山の相撲も同じだ。時折、窮地を“追い風”にして逆襲するような取り口を見せる。
木村山
:
『押し出しでの勝ちが多いね、いいね』ってよく誉めていただくんですけど、それはうれしい誤解というか。
そこまでの流れがどうであっても、最後の勝つ瞬間にチョイって押しただけで、決まり手は『押し出し』になりますから。それが相撲のいいところで(笑)。
僕は“流れ”です。頭じゃ考えられない。
そういうのは無理ッスね。取るときは、体が勝手に反応する。
だから『いやー、強かったなぁ』って我ながら思える相撲もあれば、負けるときはほんっ……とに弱い(笑)。
言われてみれば、確かにそうだ。取組に作戦や策略を匂わせるものがない。咄嗟に「勝利」にしがみつくような意外な動きをする。かといって、コロコロ変化するわけではないから、勝っても負けても、見ていて不快感がない。潔い。
今の木村山の強さは、彼自身も意識していない積み重ねや努力のたまものでもあろう。だが、鍛え上げた筋力や熟練を重ねた技巧というよりも、磨き上げた“勘の良さ”の存在をより強く感じる。
「本能で相撲をとっている」とでもいおうか。
だから「頭では考えられない」という木村山の言葉もわかる。木村山がほとんど“反射”で動いているのは、彼の取組を見る者にも伝わってくる。
反射神経の男・木村山を詰まらせた質問とは
『考えるな、感じろ』。
俳優ブルース・リーの遺した言葉だ。
言いたいことはわかるし、重みもある。だが、ブルース・リーのように、凡人とは一線を画す者にとってしか意味を持たない言葉でもある。なぜなら、そう言われたところで、凡人は『そうか、ならば感じよう』と“考える”ことしかできないからだ。
ブルース・リーは『感じず、考える』ことしかできない凡人とは、違う位置にいた。いま、相撲の取り方を『考えられない』と語った木村山も、同じ位置にいるのだ。
だからだろう。こちらの質問にはまさに“当意即妙”でポンポンと即答しつづけてくれた木村山が、唯一、間をおいてから答えた質問があった。
自分は“攻めの力士”だと思うか?
「…………そうですね」
このひと言を聞くまでに、3秒は待った。相撲で3秒といえば、取組が一番終わってもおかしくない時間だ。
自分はどんな相撲をとっているか“考える”。と、答えるまでにどうしても時間を要する。その時間は土俵上では致命傷になる。
だから木村山は考えない。考えずに、動く。
魚は泳ぎ、鳥は空を飛ぶ。蜘蛛は巣を張り、蜂は外敵を刺す。考えずにそれらをやってのける。自然界で自分が生きる術(すべ)を知っているのだ。
木村山も、考えずに相撲を取る。大相撲という弱肉強食の世界で。
暴論を承知でそう言おう。そう感じてみるとすんなり納得がいくからだ。
「負けられぬ」の決意で臨み、味わった屈辱
土俵上では、考えず、体が動くにまかせる。取組が終われば、勝ちも負けも受け流して前へ進む。では、勝負直前までの木村山の脳裏には何があるのだろう。勝利への執着か、あるいは他の何かなのか。
木村山
:
勝ちへのこだわりですか?
…あんまりないですね。『負けたくない』のは当たり前ですけど、『負けてもいいや』と思ってたら勝てちゃった、ってときもあるし。
逆に『負けられない』と思うと、自分の相撲が取れなくなって、勝てたはずの相撲も勝てなくなるんですよ。
「これまでで、最も印象に残っている取組は」と聞くと、勝てば幕下優勝という“ここ一番”で敗れた2番、対千代白鵬、対出羽鳳戦だという。武勇伝を聞きたかったのだが、木村山の記憶に深く刻まれていたのは、まさに『負けられない』と思ったすえに負けた取組だった。
木村山
:
千代白鵬のときは、勝ちを狙って立ち会いで変化したら負けた。出羽鳳戦は『絶対勝てる』と思ってたのに、気づいたらもう(負けて)花道歩いてた。
やはり、考えてはいけないのである、木村山の相撲は。
幕内では「横綱とやってみたい」
みずからを「飽きっぽい」「我慢強くない」と語った木村山ももうすぐ27歳。6歳のとき、神社の大会で優勝したのをきっかけに始めたという相撲をもう20年続けていることになる。
木村山
:
でも真剣にやって、辞めて、またはじめて、また辞めて、の繰り返しだったんですよ。大相撲というプロの世界に入っても、ぐうたらしてた時期があったし。辞めようかとも思ったし。
しかし完全に相撲を辞めることはなかった。その理由も、今なら木村山自身がわかっている。
木村山
:
でも結局、相撲に戻っちゃう。土俵の中でしか自分を表現できないんです。僕は、他に何もできないんで。
その“自分を表現”する舞台が幕内に移る。疑いの余地もなく、相撲界の最高峰だ。
木村山
:
楽しみ8割、怖いの2割かな。
負けたくないのは同級生ですね。上林や豊真将。
とってみたい相手は…、うーん、横綱とはやってみたいですね。
一年後の木村山は何処に
木村山の対横綱戦。あり得ないことではない。七月場所で目にすることができるかもしれない。何せ、昨年の七月は幕下だった木村山は、この夏を幕内で迎えるのだから。
では、一年後の木村山はどうしているだろう。
木村山
:
十両にはいたいですね。相撲界で、幕内で勝ち越したい。
“横綱とやってみたい”のあとに、この謙虚な言葉。だがよく読むと強(したた)かなセリフでもある。
うれしそうに続ける。
木村山
:
名古屋では負け越したことないですから。しかも運命的に、ことしの名古屋の初日(7月13日)は誕生日なんですよ。
今年の木村山は、誕生日プレゼントはいらないらしい。自分の右腕一本でつかみ取ってくる口ぶりだった。
…たっぷり2時間は話してくれたが、最後まで読めない男だった。木村山が本能で、直感で返してくる言葉は予測不可能だ。悪気なく、こちらの予想をことごとく裏切ってくる。質問攻めにしても返り討ちにあう。それがおもしろい。だがもし自分が力士なら、取組相手にはしたくない。
「攻撃こそ最大の防御なり」。
彼の生存本能がそう囁き、木村山“守”を“攻めろ”と駆り立てているのかも知れない。
【関連リンク】
●木村山幕内昇進記念インタビュー第2弾
「
KY(木村山)にQ&A!!
」
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木村山プロフィール
※この記事は「木村山を知らない方にも彼を知っていただきたい」と意図し、第三者の視点から木村山を紹介するために、春日野部屋外部のライターを起用して制作しました。
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